名古屋地方裁判所 昭和49年(レ)110号 判決 1975年3月27日
控訴人
石原良彦
被控訴人
茶谷一男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和四六年一一月一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、被控訴人
主文第一項と同旨
第二 当事者の主張
一、控訴人の請求原因
1 被控訴人は、昭和四六年七月一日、金額二〇万円、満期昭和四六年一〇月三〇日、支払地及び振出地愛知県知多郡美浜町、支払場所河和農業協同組合、振出日昭和四六年七月一日、受取人磯貝三三、振出人被控訴人の約束手形(以下本件約束手形という)一通を振出した。
2 控訴人は、第一裏書欄裏書人磯貝三三、被裏書人坂田喜八、第二裏書欄裏書人坂田喜八、被裏書人株式会社十六銀行(取立委任裏書)、第三裏書欄裏書人株式会社十六銀行、被裏書人農林中央金庫(取立委任裏書)、第四裏書欄裏書人坂田喜八、被裏書人控訴人(期限後裏書)の記載のある本件約束手形を所持している。
3 訴外農林中央金庫は、昭和四六年一〇月三〇日、本件約束手形を訴外河和農業協同組合に支払のために呈示したが支払を拒絶された。
4 よつて、控訴人は、被控訴人に対し、本件約束手形金二〇万円及びこれに対する満期以後である昭和四六年一一月一日から支払いずみまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1 請求原因1記載の事実は否認する。被控訴人は、第三者に振出す目的で、受取人及び振出日を空白とし、その他の手形要件は控訴人主張どおり記載して本件約束手形に記名押印したが、これを保管中、昭和四六年一〇月六日紛失したものである。
2 同2記載の事実は認める。
3 同3記載の事実は知らない。
三、被控訴人の抗弁
被控訴人は、請求原因に対する認否1記載のとおりその作成した本件約束手形を紛失したので、昭和四六年一〇月八日、半田簡易裁判所に公示催告の申立をし、控訴人が本件約束手形を取得する前の昭和四七年六月一三日、同裁判所により除権判決を取得した。
四、抗弁に対する控訴人の認否
抗弁記載の事実は否認する。本件除権判決の対象である約束手形は、手形番号No.9、振出日昭和四六年九月一七日であり、その他の手形要件は被控訴人の作成した本件約束手形と同じであるが、被控訴人の作成した本件約束手形とは同一性を欠く。さらに控訴人は、本件除権判決前の適法な所持人から本件約束手形の期限後裏書を受けたのであるから、被控訴人に対し、本件約束手形上の権利を主張しうる。
五、控訴人の再抗弁
被控訴人は、昭和四六年一〇月三〇日において、紛失した被控訴人作成の本件約束手形を坂田喜八が所持していることを知つていたのであり、したがつて、所在が判明していたのにかかわらず除権判決を申立てたのであるから本件除権判決の効力を主張して、控訴人の本件約束手形金請求を拒絶することは信義則に反する。
六、再抗弁に対する被控訴人の認否
再抗弁記載の事実及び主張は否認ないし争う。
第三 証拠<略>
理由
一受取人及び振出日欄を除き成立に争いのない甲第一号証の一、並びに、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、昭和四六年九月一七日、訴外青木産業株式会社に対する材木の仕入代金の支払のために振出す目的で、受取人及び振出日を白地とし、その他の手形要件は、控訴人主張のとおり記載のうえ記名押印して本件約束手形を作成したことを認めることができるが、被控訴人が、本件約束手形を磯貝三三に振出した事実は本件全証拠によるも認めることができない。
二次に、請求原因2記載の事実は当事者間に争いがない。
三そこで、被控訴人の抗弁について判断する。
1 <証拠>によれば、被控訴人は、前記一のとおり作成した本件約束手形を同人の使用人であつた訴外小西利雄に保管させていたところ、昭和四六年一〇月六日、小西利雄は、同人が運転する自動車内からこれを紛失したこと、小西利雄は、同月八日、自己名義で紛失した本件約束手形を手形番号No.9、振出日昭和四六年九月一七日、その他の手形要件は被控訴人の作成した本件約束手形と同一の約束手形として、半田簡易裁判所の公示催告の申立をなし、昭和四七年六月一三日、同裁判所に除権判決申立をなし、除権判決を受けたことが認められる。
2 右1認定のとおり、被控訴人の使用人であつた小西利雄が、自己名義で公示催告及び除権判決の申立をなし、本件除権判決を得ているので、この点につき検討する。一般般に約束手形につき除権判決があると、約束手形は無効となり(民事訴訟法七八四条一項―消極的効力)、除権判決申立人は、約束手形上の債務者に対し、約束手形による権利を行使できる(同法七八五条―積極的効力)が、本件のごとく、約束手形作成後振出人が流通に置く前に喪失した場合においては、除権判決があつても振出人は約束手形の権利を行使しうる地位にはないから積極的効力は意味がなく、したがつて除権判決申立の目的は、喪失した約束手形が流通に置かれて善意取得者が生じるのを防止する消極的効力を得ることのみにある。そうすると、右のごとく、流通に置かれる前の約束手形の保管者もまた消極的効力を得る利益を有するものであり、保管者として固有の除権判決申立権を有するものと解するのが相当である。これを本件について見るに、小西利雄は被控訴人の作成した第三者に振出す前の約束手形を同人の使用人として保管していた者であるから、本来は保管者として除権判決申立をなすべきものといえるが、自己名義即ち所持人として除権判決申立をなしたものであつても、保管者として除権判決申立権を有する以上、本件除権判決は有効であるというべきである。
3 次に本件除権判決は、手形番号No.9、振出日昭和四六年九月一七日、その他の手形要件は被控訴人の作成した本件約束手形と同一の約束手形についてなされており、一方、紛失した被控訴人作成の本件約束手形の手形番号は甲第一号証の一の記載により認められるようにNo.24809であり振出日は白地であつたので、右二点において両者は異なるが、その他の手形要件は同一であり、他に紛失した被控訴人作成の本件約束手形と識別しにくい約束手形が存在する等の特段の事情も本件全証拠によつても認めることができず、右両者の約束手形は同一性を有するものと認めることができる。したがつて、本件除権判決は、紛失した被控訴人作成の本件約束手形についてなされたものというべきである。
4 控訴人は、被控訴人が本件除権判決前に坂田喜八が本件約束手形を所持していることを知りながら、本件除権判決を申立てた旨主張するが、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は河和農業協同組合が、本件約束手形の呈示を受けた際、本件約束手形をコピーしていたのを、写したことが認められ、右写を見れば、所持人は坂田喜八であることが分つたであろうことは容易に推察しうるところであるが、控訴人が右写を作つた時が、本件除権判決前のことであるということは、本件全証拠によるも認めることができない。
したがつて控訴人が本件手形を坂田喜八が所持することを知りながら除権判決を得たことは認められないから、控訴人の信義則違反の主張は採用できない。
5 そして、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、昭和四八年二月一日、坂田喜八から本件約束手形の裏書譲渡を受けてこれを取得したことを認めることができ、控訴人の本件約束手形取得は、本件除権判決後であることが明らかである。
一般に除権判決のあつた以上、当該約束手形は無効となり、所持人は除権判決前の善意取得者といえどもその権利を否定されるに至るが、本件のごとく振出人が約束手形を作成した後流通に置く前に喪失した場合には除権判決前の善意取得者は実質的権利を否定されないものというべく、したがつて除権判決前までに右善意取得者から裏書を受け約束手形を取得した者もまた約束手形上の権利を取得するものというべきであるが、除権判決後の約束手形取者は、仮に除権判決前の善意取得者から取得したとしても、除権判決があつた以上約束手形上の権利を取得するものとは解せられない。したがつて本件において、控訴人は本件除権判決後本件約束手形を取得したのであるから、被控訴人に対し、本件約束手形上の権利を主張しえないというべきである。
四以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当であるから、棄却すべきであつて、これと同趣旨である原判決は相当であり、したがつて本件控訴は理由がないから、棄却することとし、控訴費用について民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(黒木美朝 多田元 竹田隆)